せかうな

世界で一番うなぎがうまい

劇場版少女☆歌劇レヴュースタァライトを観た日の感想メモ

観てすぐの感想メモ。ネタバレあり。劇中歌CD早くほしいわね。


電車という舞台と wi(l)d-screen baroque

映画を見終わって数時間後に振り返ってみると最初の方にあった電車でのシーンが最も印象が強く残っている。 進路という名の輝かしい未来を語る彼女たちのどこか明るいシーンから始まった作品の雰囲気が一転したのは、「しゃべりすぎだよ」の大場ななの言葉からだった。 電車という舞台もなるほどなと思った。wi(l)d-screen baroque が正直なにものなのか確証はないけれど、電車という動き続ける舞台と wild(自然?天然?)という単語から考えを膨らませると、 今までのオーディションという用意された舞台(人工)のその先には、生きながらに生き続けていること自体が既に舞台少女にとっての舞台でありレヴューであることを表現しているのかもしれない。

愛城華恋は何者か

主人公の愛城華恋って一番説明されてないキャラなのかもしれない。掴みどころがない。 ミステリアスという意味では大場ななの存在は大きいんだけれど、それはそれで裏でなにか考えて動いているというキャラとして受け取れる。 ただ愛城華恋にはあまりそれがない。強いていうなら神楽ひかりとの関係だけが描かれていて劇場版でもその描写に多くの時間が割かれていた。 外堀を描くことと、他のキャラをたたせることによってなにか不思議と、ぼんやりと浮かび上がってくるものがあって、そのもやもやをうまく捕まえないとスルーさえしてしまいそうなキャラだと思っている。 ただそれでいて、なにか説得力も持っているとても不思議なキャラクター。

This is 天堂キャンセル

最もスタンディングオベーションしたくなったのは天堂真矢の「This is 天堂真矢」が西條クロディーヌによってキャンセルさせられたところ。 ポジションゼロのシャッターがしまった瞬間に、本当によくやったと思った。 そしてそれができるのは西條クロディーヌしかいないし、やって許されるのも西條クロディーヌなんだ。 ペアのレヴューという意味では真矢クロが一番印象に残っている。映像として力も入っていたように思う。 二人の行く末を見つめる双葉香子、華恋を挟んだせめぎあいのまひるひかり、未満の感情を言葉と力でぶつけ合う純那ななのようにまだ個人としての思いが全面に出ている面々と比較して、舞台そのもので役を演じるという体裁を保ちながら、その大きな感情をぶつけ合う真矢クロはやはり他のメンバーと一つ違うステージにいるのかもしれない。そんな差も感じられるような怒涛のレヴューの連続だった。

舞台装置

いまさら言うまでもないが、素晴らしかった。 冒頭の電車の舞台装置のシーンは本当に脳が喜んでいた。特に大場ななの短刀(短い方だったよね?)が別の車両のドアに挟まれて遅れてやってくる部分、さらにそれが空気圧によって発出されるギミック。 そして最後の再生産される華恋を載せた列車が横たわった東京タワーの鉄骨のカーブを利用してひかりのもとに進んでいくシーン。 すごい。